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あなたのまだ知らない美しい佐賀があります。
ふるさと自慢の
名所・観光地を紹介しています。

 四季折々の自然を楽しむことのできる鎮西山は町の北部に位置し、頂上からの展望は素晴らしく、佐賀平野を中心に有明海、雲仙までをも見渡すことができます。
 伝説によると平安時代末期の武将源為朝が鎮西八郎と称して九州を平定する際、この山頂に城を築いたので「鎮西山」と呼ばれるようになったと言い伝えられています。
 鎮西山一帯は奥の院の滝や五万ヶ池など自然に恵まれ、訪れる人の心に自然の素晴らしさを感じさせてくれます。またアスレチック施設や遊歩道などが整備され、夏季にはキャンプ場もオープンします。



 山頂付近一帯には、今日のように公園として整備されるまでは、東屋付近に当時の建物の基礎と考えられる礎石が残っていました。現在も広場周辺には、土塁や空濠などが残り、当時の山城の面影を伝えています。源為朝の居城であったとの伝説が残る鎮西山ですが、真偽のほどは別として、実際に中世の山城として利用されていたことは確実です。


 五万ヶ池にも為朝にちなんだ伝説が残っています。
 あるとき、鎮西城を攻めた敵の騎場5万騎余りが、この池のあたりで為朝の軍勢に討たれ、池の水が血の色に染まったという伝説です。実際は、「駒ヶ池」などの山城の施設の名称から転じたものと考えられ、山城の兵馬のための飲料水を確保するための水源だったようです。


 現在アスレチック広場として利用されている所は、鎮西山の中でも「西古城(小城)」と呼ばれている場所です。比較的平坦な広がりをもつ部分で、その呼び名からも、鎮西山頂の山城と関連がある施設があったのではないかと考えられています。
 アスレチック広場のひとつ東側の尾根も、「東古城(小城)」と呼ばれており、そこも鎮西城の付属施設だったのではないかと推測されています。


 県道鳥栖・川久保線付近から鎮西山周辺の山麓部には、6〜7世紀ごろ(古墳時代後期)の古墳が多数残っています。鎮西山の登山道沿いの所々にもこのような古墳を見ることができます。個々の古墳は、直径10〜15mの小さい円墳で、なかには、大人が立てるくらいの石室(遺体を収めた部屋)をもつものもあります。
 これらの古墳は、山麓の尾根や谷にまとまって分布しており、町内では、谷渡、新立、青柳、奥の院、鎮西山南麓、屋形原などの古墳群を形成しています。


 奥の院としてしられている鳥越山不動院は、真言宗醍醐派の修験道場です。大正の初めごろ、佐賀市今宿の威徳院の村川良善和尚が、この地を霊地と定め、四国八十八カ所から砂を寄せ開山しました。本尊の不動明王はじめ多くの石仏がまつられています。8月には大護摩祈祷が行なわれています。
 うっそうと木々が茂った境内には、小さな滝があり、暑い季節には、涼を求めてここを訪れる人も多くみられます。


 鎮西山の中腹に位置し、管理棟・便所棟・炊事棟の施設があり、見た目にもユニークなUFO型コテージで、ハウス感覚で手軽に利用でき、屋根に付いた窓からは星空を見ることも出来ます。
 その他、テントサイト(常設)、フリーテントサイトがあります。利用期間は、7月1日から8月31日までです。


 
写真・資料
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