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よかとこ「名所・観光地」
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黒澤明記念館サテライトスタジオ

映画を作りたいんです、僕は。美しい映画を。
映画の美しさを満喫してほしいんです。
僕が一番考えているのは
美しい映画をつくりたいってことです。
その中で考えていることを
自然に話して世界中の人に
理解してほしいと思っているんです。

黒澤明記念館サテライトスタジオ-[佐賀県伊万里市]


1999年7月2日、伊万里市の商業エリアにオープンしました。1階のオープンスペース、2階の常設展示室、3階の企画展示室の3フロアを有し、2階の常設展示室では、黒澤映画の「台本」や「衣装」「小道具」などや、黒澤明監督自身が描いた「絵コンテ」、黒澤明の「直筆原稿」、黒澤明の映画制作のための「創作ノート」など、映画史的にも貴重な資料を展示するほか、黒澤明が生前愛用した「帽子」「メガネ」などの遺品も展示しています。3階の企画展示室では、黒澤明に関連する企画展や、映画というジャンルに展示構成のテーマを広げて、幅広いモチーフの企画展を開催しています。



 黒澤明記念館が伊万里市に建設されることについては、黒澤監督の生前のご遺志によるものです。
 それは、監督が第27作『乱』(1985年公開)の名護屋城跡(佐賀県東松浦郡鎮西町)でのロケの合間に伊万里を訪れ、豊かな自然の風景や湾に沈む夕日を気に入られ、記念館を作るなら「都会の雑踏の中は嫌だよ・・・伊万里みたいな所がいいね」と言われていたことから伊万里湾が一望できる伊万里市黒川町の丘陵地に決定されました。
 かつて、「古伊万里」の積出港として栄え、伊万里の名が監督同様に世界に通じることと、古伊万里の愛好家で自然を愛する監督の想いが一致して伊万里に記念館が建設されることになりました。



館内案内
ショップ&カフェ(入場無料) ショップ&カフェ(入場無料)

一般に開放するホールとして、ミュージアムショップおよびカフェを配置しています。またスクリーンでは、プロモーションビデオの放映を行っています。

ミュージアムショップ

1Fミュージアムショップ
Museum shop

カフェ

1F カフェ Cafe

台本

台本 Scenario


米アカデミー賞

1990年
米アカデミー賞
<名誉賞>
Academy“Oscar”

展示室

2F展示室 Gallery

常設展示室(入場有料) 常設展示室(入場有料)

監督の愛用品であった帽子、サングラスなどのプライベートな品々をはじめ、国際映画祭受賞トロフィー、監督本人が使用した台本、絵コンテなど、作品に関連する品々を展示しています。

ハンティングキャップ

監督のトレードマークであるキャプテン帽とサングラス・パイプ・ハンティングキャップ

獅子の中の獅子

1982年ヴェネチア国際映画祭
創立50周年記念<獅子の中の獅子>
Venezia“The Lion of the Lion”

企画展示室(入場有料) 企画展示室(入場有料)

監督の多彩な一面や作品をクローズアップした企画展を、年3・4回程度の展示替えで行っています。またシアターを設け、監督作品のダイジェスト版を放映しています。

シアター

3Fシアター Film theater

映画「影武者」絵コンテ/黒澤明 画  高天神暮色
65×355mm/画用紙/鉛筆・水彩・クレヨン・水性フェルトペン

映画「夢」絵コンテ/黒澤明 画  水車のある村・老人と私
329×409mm/ワトソン紙/鉛筆・水彩・クレヨン

映画「夢」絵コンテ/黒澤明 画  鴉・ゴッホの麦畑
310×406mm/画用紙/鉛筆・水彩・クレヨン



黒澤明88年の略年譜
1910年(明治43年) 0歳 3月23日生。東京府荏原郡大井町(現・品川区)、四男四女の末っ子。
1917年(大正6年) 7歳 4月、森村学園尋常小学校に入学。
1918年(大正7年) 8歳 9月、黒田尋常小学校に転校。後年脚本家となる植草圭之助と出会う。
1923年(大正12年) 13歳 3月、黒田尋常小学校卒業。4月、京華中学校入学。
1928年(昭和3年) 18歳 3月、京華中学校卒業。二科展で「静物」が入選する。
1930年(昭和5年) 20歳 徴兵検査の結果、兵役を免除される。
1936年(昭和11年) 26歳 P・C・L映画撮影所の助監督募集に応募。4月、P・C・L入社。
生涯の師と仰ぐ山本嘉次郎監督に、入社試験の口頭試問で出会う。
1942年(昭和17年) 32歳 「姿三四郎」の書籍広告を見て、いい映画になるとシナリオを書く。
1943年(昭和18年) 33歳 第1作姿三四郎公開。小津安二郎監督が絶賛。
1944年(昭和19年) 34歳 第2作一番美しく公開。
1945年(昭和20年) 35歳 第3作続姿三四郎公開。女優矢口陽子(本名・加藤喜代)と結婚。
第4作虎の尾を踏む男達を製作するが、検閲で公開禁止となる。
1946年(昭和21年) 36歳 第5作わが青春に悔いなし公開。
1947年(昭和22年) 37歳 第6作素晴らしき日曜日公開。脚本を友人の植草圭之助が担当。
1948年(昭和23年) 38歳 第7作酔いどれ天使公開。父・勇、享年83歳で死去。
1949年(昭和24年) 39歳 第8作静かなる決闘公開。
第9作野良犬公開。
1950年(昭和25年) 40歳 第10作醜聞(スキャンダル)公開。
第11作羅生門公開。
1951年(昭和26年) 41歳 第12作白痴公開。
『羅生門』ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞。
1952年(昭和27年) 42歳 第4作『虎の尾を踏んだ男達』が上映禁止を解除され、公開。
第13作生きる公開。母・シマ、享年82歳で死去。
1954年(昭和29年) 44歳 第14作七人の侍公開。ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞。
1955年(昭和30年) 45歳 第15作生きものの記録公開。
1957年(昭和32年) 47歳 第16作蜘蛛巣城公開。
第17作どん底公開。
1958年(昭和33年) 48歳 第18作隠し砦の三悪人公開。
1959年(昭和34年) 49歳 黒澤プロダクション設立。『隠し砦の三悪人』ベルリン国際映画祭監督賞、銀熊賞受賞。
1960年(昭和35年) 50歳 第19作悪い奴ほどよく眠る公開。
1961年(昭和36年) 51歳 第20作用心棒公開。
1962年(昭和37年) 52歳 第21作椿三十郎公開。
1963年(昭和38年) 53歳 第22作天国と地獄公開。
1965年(昭和40年) 55歳 第23作赤ひげ公開。
1970年(昭和45年) 60歳 第24作どですかでん公開。
1975年(昭和50年) 65歳 第25作デルス・ウザーラ公開。
モスクワ国際映画祭金賞受賞。
1976年(昭和51年) 66歳 文化功労賞を受賞。
1980年(昭和55年) 70歳 第26作影武者公開。カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。
1982年(昭和57年) 72歳 『羅生門』ヴェネチア映画祭50周年《獅子の中の獅子》、
カンヌ国際映画祭35周年記念《世界10大監督》受賞。
1983年(昭和58年) 73歳 黒澤フィルムスタジオ開設。(横浜市緑区)
1984年(昭和59年) 74歳 フランスよりレジオン・ドヌール・オフィシェ勲章を受章。
1985年(昭和60年) 75歳 第27作公開。文化勲章を受章。喜代夫人、享年63歳で死去。
1990年(平成2年) 80歳 第28作公開。米アカデミー賞名誉賞受賞。
1991年(平成3年) 81歳 第29作八月の狂騒曲公開。
1993年(平成5年) 83歳 第30作まあだだよ公開。
1998年(平成10年) 88歳 9月6日死去。東京・成城(自宅)。国民栄誉賞を受賞。


MAP

開館時間

休館日

入館料


アクセス
午前9時〜午後5時30分(入館は午後5時まで)

第2・4月曜日(祝祭日の場合は翌日振替)年末年始(12/29〜1/1・1/3)

■大人500円(400円)■中高生350円(280円)■小学生250円(200円)
※( )は15名様以上の団体割引です。

■JR/JR伊万里駅から徒歩4分 ■バス/伊万里バスセンターから徒歩5分(西肥バス・昭和バス)
■車/長崎自動車道・武雄北方ICから30分


写真の著作権・肖像権は、下記団体に帰属します。
無断で転載、複製などに利用することを堅く禁じます。

 
資料提供
   
財団法人
黒澤明文化振興財団
〒848-0047 佐賀県伊万里市伊万里町甲358(本町アーケード内)
TEL 0955-22-9630 FAX 0955-22-9632 URL http://www.kurosawa-foundation.com