阿蘇4火砕流とその前後を研究する上で
貴重な価値をもった
八藤遺跡の太古木を紹介
佐賀県東部の脊振山のふもとには南北に延びる約1万年前以前にできたとされる洪積世の丘陵が数多く見られ、これら丘陵の上には、数多くの遺跡があります。ここ上峰町大字堤字迎原の台地にある八藤遺跡もその一つです。八藤遺跡は、県営の圃場整備事業に先立ち、平成元年より埋蔵文化財の発掘調査が進められており、これまでに、約1万年前の先土器時代から奈良・平安時代までの人々の生活のあとが見つかっています。
平成5年2月2日、埋蔵文化財の発掘が終わった部分の台地を約3mほど掘り下げ、水田の基盤をつくる工事中に、この巨木は発見されました。上峰町教育委員会では、発掘調査を実施し、地質学、植物学、古環境学など各方面の分析・研究を進めてまいりました。その結果、ここで観察できる巨木をはじめとする多数の樹木群およびその周辺の地層は、阿蘇4火砕流とその前後の九州の自然環境の変化を研究する上で、学術的に貴重な価値があることがわかりました。
一番大きな木をふくめて、大きな木や地面に生えている根株のほとんどがマツ科トウヒ属の樹木です。
一番大きな木は直径1.5m、長さ22mという大きさで、樹齢は700年〜800年と推定されています。
トウヒ属の樹木のほかに、ブナ属・コナラ亜属・クマシデ属などの樹木が確認されています。これらは現在では標高約1,500mの高地に生える樹木で、当時の気候が、やや寒冷であったことが伺えます。
約9万年前の地表面の中から発見されたマツ科トウヒ属の樹根
9万年前のその日
9万年前の秋から冬にかけてのある日(樹木の最終年輪を観察することで枯れた季節がわかる。)、阿蘇山が大噴火を起こしました。阿蘇山から直線距離で約80km離れたこのあたりへは、数十分後、第一波の高温の爆風が、その直後、現在筑後川が流れている谷を通って、東から約400℃という高温の火砕流の本体が、地表の土砂や樹木を巻き込み、直径1.5mの大木を根こそぎなぎ倒してしまうようなものすごい勢いで流れ下ってきました。
ここで発見された巨木には、その時に火砕流の中の石ころが木の表面にめりこんだ状態で発見されたり、ほかの木がぶつかってできたくぼみなど火砕流のエネルギーを示す衝撃の跡を見ることができます。
火砕流の後
大噴火に伴う火山灰は噴火後しばらくのあいだ日本上空をおおい、太陽の光はさえぎられ、昼間でもうす暗く、火砕流によっておおいつくされた北部九州は、それまでの森林が失われ、「阿蘇4砂漠」とでもいうような荒涼とした風景に一変してしまいました。
樹木を失った脊振山地は大雨のたびにくずれ、土石流となって山裾にながれ、現在の佐賀平野東部の丘陵地帯を形作ってきました。この阿蘇4火砕流以後の土石流堆積層の土のなかからも、花粉や昆虫が検出されています。「阿蘇4砂漠」に、まず最初に草が生えはじめ、やがて木が生え、現在の北部九州の自然へと回復していくようすが、このような花粉や昆虫遺体の分析でわかりました。
9万年前の上峰
当時のこの調査区は北から南に向かってゆるやかに傾斜する土地でした。9万年前の旧地表面は、調査区の北と南では標高に約3mの差があります。さらに旧地表の土の積もり方を調べた結果、調査区の南側は沼あるいは池のような湿地であったことがわかりました。
このようなことから当時の環境を推定すると、このあたりは、マツ科トウヒ属の大木のあいだにブナなどの落葉広葉樹がしげるといった、現在の東北地方から北海道地方に見られるような冷温帯森林(花粉分析の結果、現在の気温より年平均で5℃〜7.5℃低かったと考えられる)で、その南に沼が広がる光景が想像されます。
水辺には水を求めて動物が集まってきます。当時の日本列島には、ナウマン象、オオツノジカなどの大型動物をはじめネズミなどの小動物が生息していました。このような獲物を求めて生活をしていた狩人=人間の存在も予想されますが、残念ながら、今回の調査では石器などの人間の痕跡や動物の遺体・足跡などは、まだ発見されていません。しかし、旧地表面から出土したオニグルミの殻にネズミがかじった跡が見つかり、動物がいたことはまちがいありません。また、昆虫は木のなかで焼け焦げたカミキリムシの仲間の幼虫が発見されたり、旧地表面の土のなかから甲虫の羽などが出土しています。
古土壌中から発見されたマツ科の毬果
炭化木の中から発見された
カミキリムシの仲間の幼虫
古土壌中から発見された
オニグルミ( ネズミがかじった跡を発見)
火砕流について
阿蘇4火砕流の温度については、炭化材の炭化の度合から温度を測定する方法で計ったところ、直径10cmの炭化材で、中心部が340〜350℃、樹皮部分は瞬間に400〜430℃の熱を受けていることがわかりました。阿蘇4火砕流の温度を科学的に測定した最初の例です。火砕流の流れた方向については、大きな木や地面に生えている根株のほとんどが、ほぼ東西方向に倒れていることから、熊本県北部から大分県日田を経て、筑後川流域の谷部を東から西に流れたものと推定されます。
阿蘇山の大噴火
阿蘇山は、九州の中部にある世界有数のカルデラ火山です。カルデラの大きさは南北約25km、東西約18km、面積は約380平方キロメートルあり、現在もカルデラのほぼ中央に位置する中岳が活動中です。阿蘇山は約30万年前の火砕流の噴出で始まり、その後約9万年前までの間に火砕流を主とする4回の大噴火で、カルデラができました。その大噴火の中で最も大きく最新のものが阿蘇4と呼ばれる火砕流と降下火山灰で、火砕流は九州島のほぼ全域に、降下火山灰は北海道東部で15cmの堆積物が確認されるなど、周辺の海域を含めて日本列島の全域に広がっています。
煙の化石
炭化木から水蒸気がたちのぼった跡で、 ここで木が燃えたことが証明された。
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