その土地ならではのものとの出会い、
佐賀の豊かな自然や歴史と伝統に
人々の熱い想いが作り上げた逸品。
論語は、今からおよそ2500年前に、
中国の魯国(今の山東省曲阜市)で
生まれた偉大な哲学者・教育者「孔子」の
言動や孔子と弟子との問答などを集めた書物です。
そこには、人としてのあり方や生き方が記されており、
人生の教訓として私達の生活に生かしたい
教えが数多くあります。
論語カルタはこの論語の
すばらしい教えをわかりやすく、
親しみやすくするために
作成したものです。
わが国に『論語』が伝来したのは、古く応神天皇の16年(285)、百済(くだら)の博士・王仁(わに)が『千字文』とともにもたらしたといわれる。そして『養老律令』の「学令」の項を見ると「論語は鄭玄(じょうげん)・何晏(かあん)注」とあるので、奈良朝には鄭玄・何晏の二注が行われていたことが知られる。鄭玄は後漢の大学者。何晏は魏の学者で、彼らの先輩たちの注釈を取捨し、これに自説を加えて『論語集解(しっかい)』を著した。その後、平安朝にできた藤原佐世(ふじわらのすけよ)の『日本国見在書目録』という図書目録を見ると、前述の二注のほかに『皇侃義疏(おうがんぎそ)十巻』『ちょ仲都疏(ちゅうとそ)十巻』など数種の注釈書が記録されている。もちろんこの時代はすべて手書きの写本、いわゆる古抄本(こしょうほん)である。この古抄本『論語』で現存するものは、いずれも何晏の集解本で、これに梁(りょう)の皇侃がさらに細かい注を施した「義疏(ぎそ)」である。要するに鎌倉期までは、『論語』は何晏集解で読み、さらに皇侃のより精細な注「義疏」を参考にして学問したということである。なお『論語集解』は、正平19年(1364)、従来の手書き写本から初めて翻刻出版された。これがわが国最古の経典翻刻として知られる正平板『論語』である。
「子曰(い)わく、学んで時にこれを習う、また悦(よろこ)ばしからずや」−『論語』の最初の言葉である。学習の悦びを孔子自身の感懐として、人の共感を求めた言葉である。「また悦ばしからずや−いかにも嬉しいことだね−」というその微妙な言い回し。相手を勧誘する強い力を内に秘めた、柔らかい説得的な響きがそこにある。そして、その全体が、簡潔できびきびしたリズムに覆われている。
このリズムは日本語の訓読によっても理解できる。「巧言令色(こうげんれいしょく)、鮮(すく)なし仁(じん)」などというのは、原文のリズムとほとんど等しい。「学んで時に」ではそれほどぴったりはしないが、やはりそれなりの快い独特のリズムがある。そしてそれは含蓄の深い内容と相まって、『論語』の文章をこの上なく美しいものにしている。
論語いろはカルタ
論語をいろは別に選別し、子供たちにも親しまれるものとして計画し発行したものです。
百人一首式論語カルタ
(絵入り)
論語の言葉を百人一首タイプにした取り札に絵が入ったものです。読み札には言葉の意味も記しています。
百人一首式論語カルタ
「絵入り」カルタとは異なり、取り札に絵が入っておらず大人向き。意味を理解しながら、家庭や学校、地域などで楽しめます。
(財)孔子の里 東原庠舎では、毎年1月に「論語カルタ大会」が行われ、子どもたちは孔子の教えをカルタで学びます。
小学生は小・中・高学年の部と中学生の部の4つのクラスに別れ、百人一首形式でそれぞれ熱戦が繰り広げられます。各クラスの上位者は表彰されます。
この大会の目玉は「これがいい」と言うくらいに表彰式の後に出される「おしるこ」を楽しみに参加する子どもたちもいます。
↑真剣そのもの!
←さあ始まるぞー
やったーとれた→
←決勝戦!
↓おしるこで乾杯
←ボランティア
のみさんがおし
るこを作って下
さいます
表彰式→
各クラスの上位
者のみなさん
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