さがすばんたホームに戻る
 
その土地ならではのものとの出会い、
佐賀の豊かな自然や歴史と伝統に
人々の熱い想いが作り上げた逸品。

唐津焼の起源については様々な説がありますが、室町時代末から桃山時代にかけて岸岳城を居城とした松浦党首・波多氏の庇護のもと、雑陶を中心に焼かれていたのが始まりのようです。
しかし、現在のような唐津焼が生まれたのは、一名「陶器戦争」ともいわれるほど日本の窯業界に影響を与えた文禄・慶長の役以降のことです。
出陣した諸侯は、多くの朝鮮陶工を伴って帰国しました。陶工たちは特別大切に扱われ、彼らがもたらした蹴ロクロと連房式登り窯という新しい技術により、唐津焼は大きく発展することになります。
こうして大量の唐津焼が唐津港から全国へ積み出され、「一、井戸 二、楽 三、唐津」といわれる程、人々から親しまれるようになりました。

唐津焼の魅力ともなっている土味。粗いざっくりとした感じは唐津地方の土の特徴で、陶工は山から掘り出してきた土を、ほとんど手を加えずに使い、持ち味を活かすために手作りにこだわり、蹴ロクロを使っている窯元も多くあります。
また、薪による登り窯で焼き上げ、釉薬の持ち味を存分に引き出しています。



唐津焼の魅力。
それはなんといっても粗いざっくりとした土味です。
唐津地方の土は焼物作りに適しており、陶工は山から掘り出した土にほとんど手を加えずにそのまま使えます。
器の上についたスピード感あふれるロクロ目。
足を動力とし、力の入れ具合により自在に強弱をつけられる蹴ロクロの恩恵です。


陶土製造工程
陶土採掘
乾  燥
篩(ふるい)
水を加え練る
唐津周辺で陶土を採掘し、乾燥後粉砕、篩いかけを行い土質を均一にします。 その後、水を加え土練りした後、ねかしを経て陶土ができあがります。



成型工程
ロクロ等で成型
半 乾 燥
削り上げ
乾  燥
成型した生素地に、彫りや櫛目、刷毛目、象嵌、イッチン、掻き落としなどの伝統技法を使い目的にあった加飾を行った後、必要なものだけ素焼きします。 豪快な作風を生み出す叩きづくり



装飾・施釉・
焼成工程
必要あるものを
素焼
絵付・文様付
釉薬掛け
窯詰め
窯焚き
冷  却
窯出し
成型には一般的なロクロ成型の他、叩きづくり、板おこし紐づくりなど色々あり、焼き物に合わせて使い分けます。その後、高台の削り仕上げを行い自然乾燥させます。 毛筆や刷毛で絵付けする他、指や藁しべ竹など身近なものを使い下絵を用いずに一気に絵付けします。
その後、施釉(せゆ)を行い本焼まで乾燥させます。 施釉(せゆ)はたっぷりと
慎重に窯詰した後、焚き口より、
薪を燃やします。
一定の温度に上がった後、各窯口から攻め焚きをし、1300度以上で焼き上げます。




唐津焼を代表する技法で、素地に鬼板(おにいた)(含鉄土石の一種。釉薬や顔料として用いられる)で文様を描いたもの。陶工の身近にある草、木、花、鳥、人物などを、指や筆で、のびのびとしたタッチで描いてあります。 黒や飴色の鉄釉をかけた上から、白色の藁灰釉(わらばいゆ)を流し、景色(釉色の変化)を表現したもの。または、その逆に釉をかけわけたもの。
茶陶としての名品が多く残されています。
失透性の藁灰釉をかけたもので、全体が乳白色の表面に粘土の中の鉄分や燃料の松灰が溶けだし、青や黒の斑点が現れるのでこう呼ばれます。一名を白唐津ともいい、口辺部に鉄釉を塗ったものを皮鯨と呼びます。 褐色の粘土を使い、素地が生乾きのうちに化粧土(有色素地の上に薄掛けする白色の陶土)を全体にかけて、乾燥させた後に施釉(せゆ)したもの。表面が白く粉を吹いたようにみえるため、こう呼ばれます。
器がまだ生乾きのうちに、印花紋、線彫、雲鶴(うんかく)等の文様を施し、化粧土を塗って、削りまたは拭き取り仕上げをした後に、長石釉や木灰釉をかけ、焼き上げたもので、象嵌(ぞうがん)の一種。李朝三島の流れを受け継いでいます。 黄唐津、青唐津、刷毛目唐津、櫛目唐津、彫唐津、蛇蝎(じゃかつ)唐津、献上唐津などの多彩な技法があり、また現在でも伝統にとらわれることなく、次々と新しい技法が陶工たちの手から生み出されています。






写真の著作権・肖像権は、唐津焼協同組合に帰属します。無断で転載、複製などに利用することを堅く禁じます。
 
取材協力
   
唐津焼協同組合 佐賀県唐津市新興町2881-1 TEL 0955-73-4888 FAX 0955-73-9030